2005年3月
ネットサーフィンで国内保証援助会のサイトに遭遇する。
登録保証人を募集していて、リスクなく困ってる方の役に立てて、
たいした額ではないが謝礼がもらえるという。
ホームページを見る限りいたって健全な企業のような印象を受け、
ボランテア的な気持ちもややあって、登録保証人として応募した。
2005年5月25日(水)
融資保証1件と賃貸保証1件)計2件の保証人依頼を受諾。
いずれも債務保証しなければならないような事態になった場合
「国内保証援助会」が間違いなく代位弁済するという契約に
なっていた。
賃貸保証については、すぐ引受け料として、10,000円の謝礼が
口座に振り込まれてきた。融資保証についての引受け料は、
信販会社の融資依頼者に対する審査が完了していないとのことで、
保留の状態との説明だった。
2006年8月30日(水)
賃貸住宅の貸主は、北九州市住宅供給公社で、賃貸料月2万円強の
集合住宅で借主は「K」といい、3人の子を持つ40代の女性で、
母子家庭という環境にあった。
しかし居住開始から2ヶ月も経たぬうちに家賃を滞納しはじめ、
「K」は翌年3月北九州市から訴訟を起こされた。
そしてその結果、この日住居明け渡しと滞納家賃、さらに契約に
従い損害賠償金を一括で支払うようにとの判決が下りた。
この裁判開始前より裁判所から連帯保証人の私にも、出廷や
抗弁書提出の要請文書が届いていたので、
「国内保証援助会」担当者にその旨報告したところ、
担当者「奈良井氏」が私に代わり責任を持って裁判に関する
処理に対応するとのことでしたので、任せていた。
その後何度もこの奈良井氏に進捗状況の確認はした。
そして、最終的に彼が報告してきた事は、2006年3月いっぱいで、
借主「K」に対する私の保証人契約が解除されたこと、滞納分の
家賃も「K」の親族が支払うことになったとの報告を受けた。
しかし・・・。
2007年8月1日(水)
この日の午後7時頃、北九州市から強制執行の業務を請負っている
○○という業者の担当者「山本」という男から突然電話があり、
「K」の住居明け渡しに立ち合って欲しいとのことで、訳を聞くと
滞納家賃及び損害賠償金(総額で約2,500,000万円強)の支払い請求が
「k」でなく私になる可能性が強いと言うのです。だから一刻も早く
「K」をアパートから退去させる協力をしないと「賠償金額が
どんどん増えますよ」と言うので、私は顔から血の気が引くほど
ビックリ仰天した。
2007年8月2日(木)
この日は「k」に執行官が強制執行日期日を宣告し作業は終了し、
帰り際に執行業務請負業担当者「山本氏」が私に言うには、
国内保証援助会の奈良井氏が会社や私に報告したような保証人契約が
解除されたとか、「K」の親族が未納家賃を肩代わりしたとかの
書類上の記録は全くないとの事だった。
私はその足で国内保証援助会に車を走らせた。
実はこの会社には以前一度出向いている。
冒頭に記したように私は2件保証人を引受けていて、
そのもう一件の融資保証に関して、今年の4月債務者の返済が滞って
いるとの通知が、貸主の信販会社(オリコ)から届いたので、まず
国内保証援助会の奈良井氏の携帯に電話を入れた。
ところが何度コールしても彼は電話に出ない。
この「奈良井氏」について補足すると、そもそも私が引受けた2件の
保証人契約は、当初「前田」という男性社員が窓口になり処理して
いたが、どこかあやふやで釈然としないものを感じたので、再三処理を
きちんとするよう催促し続け、どうにか契約書を交わし終わったたのが、
2005年11月末。しかしその後も融資保証引受けに対するの謝礼金の
支払いはないまま放って置かれる事にごうを煮やし、
2006年3月末、国内保証援助会のホームページ上の意見箱にこの不可解
な状況を記した文章を送付した。
すると即刻反応があり、「前田氏」を伴い謝罪に同行してきたのが、
上司の「奈良井氏」だった。
この日、泣いて謝罪する「前田氏」にほだされ許したのが
2度目の間違いだった。
それからしばらくして、「前田」は退職したので、今後は自分が私の
担当になりますからとの電話が「奈良井氏」からあり、以降は彼に
賃貸保証をしている「k」の家賃滞納訴訟等に対応してもらっていた。
その彼が携帯電話出ないので、会社に直接問い合せをした。
すると社長の「富永氏」が応対され「奈良井氏」も退職したこと、
さらに社内に保存している書類をざっと調べたみたが、「k」の賃貸契約
については業務報告を受けているが、「H」の融資保証契約については社の
案件として書類が残っていないと言われた。
私の方にその分の契約書があるのならFAXして欲しいというので、
その2件の契約書をFAXした。
数日後その後の状況を聞くと、契約書は2件とも社長印ではなく、会社角印
であること、そして契約印紙が貼られていないことから、正規の契約書には
ならないと指摘された。
愕然となった私は、電話だけではもどかしく思ったので、社長の都合を聞き
約1週間後、直接会って話しをした。
その席で知った事実関係は、
@ 前田とは在職時の不正に対し、現在裁判において係争中だということ。
A 上記係争物件は10件以上有り、そのいずれも契約書すら取り交わしていない
ものばかりとの事。
B 同じく上記係争物件については、契約書がないので会社として代位弁済する
事は出来ないが、前田を相手取り訴訟を起こし、勝訴して前田が損害賠償
すればその分は被害保証人に支払うつもりでいること。
C 前年度における会社としての代位弁済金額のなかに契約書のない案件の内、
会社として代位(立替)弁済したものは、謝礼が小額である賃貸保証のみ
である事。
以上の情報を踏まえた上で私は、Bについてしかるべき事態が生じた場合は、
社として「前田氏」を相手取り訴訟を起こし、判決により得たしかるべき金額を
私に支払うという念書の発行を要求しましたが、検討させて欲しいと言われ
返事待ちをする状態でこの日は別れた。
その後再三富永社長と電話やメールでやり取りした結果、事実関係が発生して
いないので、念書の発行はできないと拒否された。確かに事実関係が
はっきりしない内は無理からぬ事と考え、この時点では引き下がった。
そして、今日国内保証援助会に2度目の訪問をした。
デスクにいた富永社長に、
「k」との賃貸契約保証がまだ継続中であること。
「k」が当該アパートに未だ居座っていること。
「k」にアパートを退去させる為の強制執行日が今日宣告された事。
「k」に滞納した家賃を支払う経済力も差押さえ物件もない為、最終的に
連帯保証人に支払い義務が生じる。そしての金額は賠償金も含め
総額が 2,500,000円にもなる事を報告した。
それに対し社長も当時奈良井氏から受けていた報告との違いに驚き、
私が持参した裁判所の判決文書や北九州市との契約書を見直しながら
困惑した様子だった。
この日社長が出した結論は、北九州市から私に具体的な請求があった
時点で対応したいとのことでしたので、私としてもその状況になった時点で
再度連絡するということにして、この日は引き上げた。
2007年10月30日(火)
裁判所の強制執行を受け、9月上旬ようやく「K」がアパートを
明け渡しました。またこの時点で「K」は生活保護を受給しており
差押さえできるような家財もない状態だった。
そしてこの日、北九州市住宅供給公社より通知があり、滞納家賃について
再三「K」に督促しているが、いまだ家賃の納付がないゆえ、保証人の
私にも「K」に働きかけて欲しいこと、さらにこのまま「K」が収めない
場合、「保証人である私に請求する」ことになるとの内容だった。
その書状記載の未納入金額は約64万円とあり、損害賠償金の事は記載
されていなかった。
2007年10月31日(水)
北九州市住宅供給公社
今日の昼前、書状交付先である北九州住宅公社に電話で問合せをした。
賠償金は別途請求されるのか、それとも賠償金そのものが消滅したのかを
問うたところ、対応した「古賀氏」は、判決に基づく金額に訂正し再送しても
よいかとの返答で、なにか奥歯に物が挟まったような感じに受け取れました。
どうもこれは書類の作成ミスではなく、行政内規にこのようなケースに
対する相応の減免措置があって作成された書状ではないかと察し、
この金額を支払えば以降の請求は無くなるのかを聞いた。
それに対し古賀氏は一旦電話を切り、折り返し掛かってきた電話で、
上司に相談した結果、所定の期限まで保証人である私がこの金額を
一括で支払うならば損害賠償金については請求しないと
解答された。
このような行政側のシステムはよく分からないが、
早速この状況を「国内保証援助会」富永社長に報告した。
そして富永社長の検討するので書状をFAXして欲しいとの指示により、
書状のコピーをFAXし返事を待った。
2007年11月7日(金)
電話に出た富永社長にその後の状況を確認したとこころ、
「現在まだ検討中です。」とのコメントだった。
結論出次第そちらから連絡いただけますか?との問い掛けに
「分りました。」と回答されたので、連絡を待つことにした。
2007年11月28日(水)
あれから20日以上何の連絡もないので、仕方なく
こちらから電話を入れた。
対応した女子事務員(今崎さん)によると、富永社長は
外出中との事だったので、帰社されたら電話して欲しいと伝言する。
しかし、この日連絡はなかった。
2007年11月29日(木)
電話をする。
対応した女子事務員(今崎さん)によると、確かに社長のデスクに
伝言メモを置いたが、、社長が帰社時間が遅かった関係で連絡を
遠慮したかもしれないとの事だったので、深夜になってもかまわない
から必ず連絡して欲しいと再度伝言を依頼して電話を切ったが、
連絡はなかった。
2007年11月30日(金)
電話をする。
女子事務員(今崎さん)によると、社長のデスクに伝言メモを置き、
に口頭でも伝言を伝えたとの事。
期限が迫っているので、必ず連絡をくれるよう念を押したが、
連絡はなかった。
2007年12月3日(月)
電話をする。
応対された今崎さんもさすがに申し訳なさ気な様子だったが、
「明日また電話しますので,あなたが富永社長になぜ連絡をしない
のかその理由を聞いておいてくれますか?」と要請したところ、
引き受けてくれたので、明日を待つことにした。
2007年12月4日(火)
電話した。
男性社員(永田氏)が出た。今崎さんは外出中との事だった。
帰り次第折り返し電話して欲しいと、伝言を依頼する。
しかし今崎さんからの連絡はなかった。
2007年12月5日(水)
電話してみた。永田氏が出て、今崎さんは休みで富永社長は
外出中で帰社時間は不明との事。
この日、ここまでの経緯を記した物を整理し、ウェブサイト上の
無料法律相談サイトに相談してみた。
2007年12月6日(木)
昨日相談した無料法律相談サイトの担当行政書士「W」さん
から解答があった。
このような返済の義務が生じた場合の金銭一切を援助会が
負担するとの契約であれば、順番としては、○○さまが
北九州市に返済をし、その後その返済した金額を、援助会との
契約に従い援助会に請求するという事になります。
援助会の対応も曖昧な事から、北九州市に支払いだけさせられ、
補填がされない状況も考えられます。
今から、弁護士にご相談され、仮に援助会から支払いが受けられ
ない場合、すぐに訴訟を起せるように進められると良いかと思います。
弁護士への相談は有料がほとんどですが、今後の事を考えますと、
有料にてしっかりご相談される方がよろしいかと思います。
なお、弁護士にご相談される場合は、証拠書類、契約書、その他
関係のあるものはすべて持って行かれると良いかと思います
このアドバイスに従い、明日からそれに取組む事にした。
ご迷惑は全く掛かりません。クリックにご協力ください。
2007年12月7日(金)
北九州市住宅供給公社古賀氏に面談する。
所定の期日までに現在「k」が未納している金額を私が肩代わりして
支払わない場合、結果的にそれ以降の請求金額は2,500,000円になり、
その金額を私が払わざるを得なくなるのかを確認をした。
古賀氏はパソコンに向かいザット計算し、確かにそうなりますと
回答された。
この時点でなんとか金策をし、この金額を支払う決意をした。
2007年12月10日(月)
国内保証援助会に電話しても私の携帯番号では受話器をとってくれ
なくなった。
試しに妻の携帯から掛けてみると、例の永田氏が出た。
電話機のディスプレイに表示される番号を確認しているようだ。
そして相変わらず、今崎さんは休み・富永社長は外出中で帰社時間は
不明との事。伝言を依頼。
2007年12月11日(火)
国内保証援助会に妻携帯から電話。
昨日の妻の携帯電話番号をメモしていなかったのか、永田氏が電話に出た。
彼が、何なら自分が用件を伺いますと言ってくれたが、電話でこれまでの
事情を説明しても、無理があると考え、国内保証援助会の
ホームページ上にある意見箱に社長への用件を書くから、富永社長に
連絡をつけ至急解答を返してくれるよう伝えて欲しいと依頼し、
以下の内容で送付した。
ここから--
もう2週間あなたに連絡を取り続けています。
「k」の滞納家賃の納付期限が今月○○日です。
富永社長!無しのつぶてはないでしょう、返事
くらいくれるのが最低のルールではないですか?
納付期限を守らないと4倍以上の損害賠償額が
上乗せになるのですよ?
FAXした督促状では、事実関係を確認できない
とおっしゃるんだったら・・その旨連絡くれれば
こちらとしても対処のしようがあります。
私が一旦立替払いし、その証明書をもって清算する
事も出来るじゃないですか。
会社に立寄る時間もないほどお忙しいそうですが、
先月末と今月初めには女性事務の方から、私からの
伝言をお受けになっているはずです。
逃げて済む話ではないですよ。電話の一本くらい
掛けて下さい。くれぐれもお願いします。
--ここまで。
2007年12月17日(月)
今日は家の固定電話から援助会に連絡を入れてみた。
電話に出た永田氏にメッセージの件を聞くと、意見箱の内容は、
まだ確認していないとのこと。
とぼけているのか、会社として業務が機能していないのか不明だが、
電話ではそれ以上の確認はできない。
社長は相変わらず不在。事務の今崎さんは先週末で退職されたとの事。
もはや、会社そのものが消滅しそうな気配を感じた。
2007年12月18日(火)
三つの所有電話機から援助会に数回掛けてみたが、全てむなしく
コールするだけになった。
こうなった以上、明日朝一番に国内保証援助会に出向き、実際に社長が
不在なら、永田氏にその場で社長と連絡を取らせるか、富永社長が
帰社するまで徹底的に待って、この件の結論を出させることに決めた。
2007年12月19日(水)
午前7時ちょうど自宅を出発。
九州自動車道大宰府インターを目指す。
8時ごろ大宰府インターを降り筑紫野市へ向かう。
8時20分二日市中央5丁目3−16
国内保証援助会に到着。
法務局ビルと隣接する位置にある3階建てのビルで複数の弁護士や
司法書士等の事務所が入っている建物で、それだけで素人は
ちゃんとした会社なんじゃないかと思わせる効果がありそうに見える
ことが、今さらながら腹立たしい。
オフィスが開く9時まで車内で、それぞれの事務所に出勤する人の
中に富永社長が現れるのではと、注意しながら待っってみた。
社長もあの永田氏の姿も確認できないまま8時50分になったので、
オフィスの前に行ってみた。
各階毎のオフィス前通路に6軒程並ぶ事務所の内、国内保証援助会の
窓と出入り口ドアだけは他と違い、ブラインドが半開にされているものの、
ドアノブは廻り内部は蛍光灯がついた状態になっていた。
「おはようございます」と声を掛けながら中に入ってみたが、返事はなく
人の気配もなかった。
内部は2列の机が向かい合って計4個並び、奥に流し台が配置されている。
多くのファイルとパソコンが概ねきちんと整理されていて、少なくとも
業務を放棄した状態には見受けられなかった。
入り口のカウンター上に「お急ぎの場合はこちらに電話して下さい」と、
おそらく転送電話に繋がると思われるこのオフィスの電話番号が書いて
あった。
9時になるのを待ち、その電話番号に携帯から掛けてみると、
あの永田氏が出た。
彼曰く、今日は自分も外出中で、オフィスは無人状態になるとのこと、
そして一昨日私が依頼した件など丸でなかった事のように惚けた
受け答えをする彼に私はもう、抗議する気もなくなってしまった。
私はその足で市内の警察署を探した。
10分足らずで筑紫野警察署が見つかり、受付の方に事の概要を話すと、
生活安全相談課に案内された。
課の担当者に、先日インターネット上で無料法律相談をした際に送付した物と
同じ文書を読んでいただき、私は今後、しかるべき弁護士にに相談し、
この会社を契約不履行で訴訟を起こすつもりでいるが、、警察としてこの会社に
対し、刑事罰を科す事ができないかを聞いた。
警察署を出た私は、北九州市住宅供給公社の古賀氏に電話を掛け、
今日未納家賃の支払い出向く事を告げ、午後家賃の支払いを済ませた。
これで、とりあえず傷口が広がる事だけは防げたと自分を納得させた。
ご意見たまわり所へ
↓ 移動します。
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